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■第一話  (粗筋が読みたい方はページを戻ってください)

2月21日午後6時。私と真理は病院の一室に居た。外は警察のパトカーで埋め尽くされており、病室の前にも警察が居て、苦い顔で話し込んでいる。
「明日香、明日香!!!」
妹の遺体にすがり付き、真理は大声で泣き崩れた。

私の名前は秋山美紀。卒業を明日に控えた三年生である。
その日は幼なじみで大親友の北条真理と一緒に、学校近くのカフェでケーキを食べながら愚痴をこぼしていた。その内容とはずばり、卒業後の進路のことである。大学進学は決まっているものの、なかなかアルバイト先が見つからなくて困り果てていたのだ。
真理はそんな私に付き合い、アルバイトの面接を三件も回ってくれたが、結局全て断られてしまったのだった。
「美紀はアガリすぎなんだよ。そんなんじゃ大学行っても、友達できないよ?」
紅茶を片手に、真理は面白そうに笑った。
「だって〜・・・」
恨めしそうに真理を見つつも、言っていることが全て当たっているので反論できないのであった。
私は昔から極度のアガリ性だった。一度緊張するとどうしようもできくなくなり、結局は何も言えなくなってしまうのだ。アルバイトの面接が通らないのも、そのせいである。
「あーあ。真理がずっと一緒に居てくれたら心強いのに」
私は心の底から本音を言った。
「甘い甘い。これから社会人になっていくんだから、いつまでも人に頼ってばかりじゃダメだって」
「でもー・・・」
私は頬を膨らませてぼやいた。
私たちが出会ったのは小学六年生の時。転校したばかりでクラスになじめなかった私に優しく話しかけてくれたのが真理。それ以来、私たちは今に至るまで親友を続けているというわけだ。あのときから、真理はクラスで一番頭がよくてしっかり者で、・・・とてもキラキラした女の子だった。
「でももったいないよね。学校トップの成績の真理が就職するなんて。奨学金の話だって全部断っちゃったんでしょう」
「そりゃあ大学のことも考えたけど。でも、いいんだ。早く自立して、明日香を連れて家を出る。いつまでもおばさんのお世話になるわけにもいかないんだし」
真理は気丈に笑って言った。


もともと、真理の家は四人家族だった。幼なじみという関係もあって、私の家族とも仲が良かった。けれども一年前、真理の母親が病気で亡くなってしまった。父親もその直後に姿を消し、今でも行方がわかっていない。身寄りのない真理と妹の明日香は親戚の家に引き取られ、今まで暮らしてきたそうだ。
「いつか父さんが迎えに来てくれるって、明日香はいつも言ってる。けれど私はそんな甘い夢はもたない。あの男は、母さんが死んで子供を育てていく自信がなくなったんだよ。だから逃げた。それだけのことだから」
淡々と話す真理を、私はぼんやり見つめた。親友の決意を応援してあげたい気持ちは山々なのだが、やっぱり離れてしまう寂しさは堪えようがなかった。
そんな私の気持ちを察したのか、真理は優しく笑って胸元のペンダントに触れた。さっき見つけた星型のペンダントだ。卒業を記念して二人でおそろいで買ったものである。
「このペンダントを大切に持っておくこと。で、毎週日曜日はここで二人でデザート。学校は一緒に行けないけど、私はいつだて美紀の味方だよ。何かあったらいつでも力になるから」
「うん・・・」
私は小さく頷いた。真理の言葉が胸いっぱいに響き渡った。


真理の携帯に運命の電話がかかってきたのは、そんな話をしていた時だった。さっきまで明るかった真理の表情が見る見る間に蒼白になっていったのには私もとても驚いた。電話を切った後もすぐに動こうとせず、体中の力が抜けたようにがっくりと座り込んだ。何があったのかとたずねると、真理は震える声で言った。
「明日香が・・・トラックにはねられたって・・・病院で手術を受けているって・・・」
そう言った直後、真理は突然立ち上がり無我夢中で走り出した。私は今の状況をすぐに把握することができなかったものの、慌てて真理の後を追いかけたのだった。




「犯人は運送会社の運転手。・・・申し上げにくいのですが、飲酒運転でした。今は拘置所で取り調べを受けています」
警察の話を、おばさんは涙ぐみながら聞いていた。真理はどんな声も耳に入らないようであり、放心状態のまま妹の遺体に話しかけている。後ろで立ち尽くしていた私は、ふいに誰かに肩を叩かれた。振り返ると、お母さんだった。電話を聞き、すぐに駆けつけたそうだ。母に続き病室を出ると、私たちは改めて向き直った。
「お母さん、ついさっき電話もらって・・・本当にびっくりした。美紀も今来たとこなの?」
「うん・・・」
「そう・・・」
言葉を詰まらせ、私と母は黙り込んだ。すると、じっと我慢していた涙がとうとうあふれ出てきた。真理が可哀想で仕方がなかった。それと同時に、何もしてあげることのできない自分自身が情けなくてたまらなかった。母はそんな私の頭をなでながら、自分もハンカチで涙をぬぐった。
「今はそっとして、少し時間が経ったら、あとはずっと一緒に居てあげなさい。真理ちゃんにとって、今は心の支えが必要なときなんだから」
「うん、わかってる」
私は小さく頷いた。


その後、母さんは食事の用意をするためにいったん家に戻った。病院のロビーで一人ジュースを飲みながら、私はぼんやり空を見上げた。外はすっかり暗くなってしまっている。
明日は卒業式。その前日に、まさかこんなことが起こるとは思ってもみなかった。真理はどうするのだろう。華やかな門出を迎える気になれるはずがない。私だって同じだ。
ふいに手洗いに行きたくなり、私はロビーを後にした。夜の病院は静かで、どこか恐ろしかった。曲がり角を曲がろうとしたとき、非常階段をのぼっていく人影が見え、私は度肝を抜いた。やつれきった真理だったのだ。
「真理、どこに行くの?」
慌てて声をかけたが、聞こえなかったようだ。手洗いに行くことを諦め、私は急いで真理の後を追い階段をのぼった。


真理が入ったのは屋上だった。静かに靴を脱ぎ、フェンスを乗り越え身を乗り出した。私は全速力で駆け寄り、間一髪で真理の体を引き止めることができた。
「離して、離して!」
「死ぬなんてダメだよ、絶対に離さないから!」
「行かなくちゃダメなの。明日香は方向音痴だから、きっと一人で迷ってる・・・行って、一緒にいてあげなくちゃだめなの!」
真理は気が狂ったようにもがき暴れた。なんとかフェンスの中に彼女を連れて戻りたかったが、どうにも方法がなかった。体を張って抑えるのが精一杯だった。


そのとき──突然バランスを崩し、私と真理はもみ合ったまま空中へ放り出されてしまった。
猛スピードで落下していく中、私の意識も猛スピードで遠のいていったのだった。

テーマ : 自作連載小説 - ジャンル : 小説・文学